産科危機的出血
弁護士谷直樹は、常位胎盤早期剥離に起因する産科危機的出血による母体死亡の事案を担当し、訴訟上の和解で解決したことがあります。
妊産婦死亡例における死亡原因のトップは産科危機的出血で、18%を占めています。
DIC先行型羊水塞栓症、弛緩出血、常位胎盤早期剥離、子宮破裂等が原因疾患です。
とくに、常位胎盤早期剥離、妊娠高血圧症候群、子癇、羊水塞栓、癒着胎盤等を背景にする産科出血は、中等量の出血でも産科DIC を併発しやすいという特徴があります。
産科危機的出血は、急速に全身状態の悪化を招きやすいため、高次施設へ搬送等適切迅速な対応が求められます。
○ 産婦人科診療ガイドライン―産科編 2023
CQ418-1(267頁) 分娩後異常出血の予防ならびに対応は?
「
3.分娩後異常出血の予防のために,子宮収縮薬投与(
B)(中略)など,分娩第3期の積極的管理を行う.」
「
4.出血量が経膣分娩で500mL,帝王切開で1000mLを超え,なお活動性の出血を認める場合は,分娩後異常出血を念頭におき,以下を並行して行う.(
B)
1)
バイタルサイン(意識レベル,呼吸数,脈拍,血圧,尿量,SpO2など)の評価.
2)出血の原因検索.
3)
複数の静脈路確保と十分な細胞外液補充液の投与.
4)原因の即した対処(
弛緩出血であれば,十分な子宮収縮薬の投与,子宮双手圧迫,
子宮内バルーンタンポナーデなど).」
「5.
上記対応を行っても出血が持続する,あるいは100bpm以上の頻脈,SI値≧1.0,
興奮・不穏・不安などの意識状態を認める場合には,急性循環不全を念頭に以下を行う.
shock index(SI)値=1分間の心拍数(脈拍数)÷収縮期血圧(mmHg)
1)
応援招集,酸素投与.(B)
2)
血液検査(フィブリノゲン含む),輸液準備.(B)
3)
トラネキサム酸投与.(C)
4)
1〜3)の迅速な対応が自施設では困難な場合は,高次施設への搬送を考慮.(B)」
「
6.止血困難な
分娩後異常出血,
持続するバイタルサイン異常,
フィブリノゲン<150mg/dLのいずれかを認める場合は,産科危機的出血の対応(CQ418-2)を参照し管理する.(B)」
CQ418-2(271頁)「産科危機的出血」への対応は?
「
1.
分娩後異常出血が持続し,SI値≧1.5,乏尿・末梢冷感・バイタルサインの異常の出現,あるいは産科DICスコア8点以上,
単独でフィブリノゲン150mg/dL未満のいずれかが認められた場合には「産科危機的出血」
を宣言し以下を行う.
1)止血処置を行いつつ,赤血球製剤と新鮮凍結血漿を依頼し到着後直ちに輸血を開始するか,救急対応可能な高次施設へ搬送する.(B)
2)人員の確保を行い,状況に応じて麻酔科・救急科・集中治療室などへ連絡する.(B)」
「
2.
出血やバイタルサインの異常が持続し交差済同型血の入手
が間に合わない場合には未交差同型血,異型適合血,異型適合新鮮凍結血漿・血小板濃厚液のゆけつも検討する.(B)」
○
産科危機的出血への 対応指針 2022
産科 DIC では線溶が初期より亢進することが多いのでトラネキサム酸 1g をボーラス投与し必要に応じて追加投与を行う。
赤血球製剤、新鮮凍結血漿(FFP)を 1:1 に近い比率で投与し、血小板濃厚液は必要に応じて追加する。
各種対応にも拘わらず、 SI:1.5 以上 、産科 DIC スコアが 8 点以上(単独でフィブリノゲン 150r/dL 未満)となれば「産科危機的出血」をコマンダーは宣言し、一次施設であれば高次施設へ搬送する。
○
日本産婦人科医会「産科異常出血への対応」
計測された出血量は実際の出血より少ないこともあり,出血量のみて゛妊産褥婦の分娩時異常出血を評価て゛きない.したか゛って,分娩時異常出血は計測された出血量に加え,ハ゛イタルサインの異常(頻脈,低血圧,尿量低下,四肢冷感なと゛)を考慮し,判断しなけれは゛ならない.
○ 裁判例
東京地裁令和2年1月30日判決
(裁判所サイト)
クリニックの担当医師には分娩後の異常出血ないし産科危機的出血の状態に陥っていた妊婦に対する対応を誤った過
失があり,これにより妊婦が死亡したと認定し、約1億2300万円の損害賠償請求を認めました。
東京高裁令和3年11月の判決は、原判決を変更し、羊水塞栓症は否定できないとし、因果関係を相当程度とし、440万円の支払いを命じました。